横浜で輝いている女性を紹介する、ラジオコーナーを聞いていたときのこと、その日に紹介された女性起業家の方の「起業迷子状態」という言葉に強い印象を受けました。起業迷子というのは、「仕事と家庭を両立させるために起業したが、収入も家族との時間も減り、いったい何のために起業したのか」という状態に追い込まれた女性起業家とのことです。

私も、起業を迷われている女性から相談を受けると、背中を押してあげたい気持ちはあるものの、躊躇して、返答に慎重になることがあります。その漠然とした理由を、私なりに解いてみたいと思いました。

 

■女性の起業は家事・育児との両立に向いているのか?

日ごろから疑問に感じているのが、そもそも女性起業家が出産・育児をしながら事業を継続できる環境が整備されているのかということです。女性が事業を継続するために必要な、最低限の土台作りもされていないなか、女性起業家の数だけを増やそうとすると、それこそ、起業迷子状態に追い込まれてしまう人の数も増えるという懸念を抱いています。
まず、そういった環境の一つに、家事・育児の分担について、男女には大きな差があります。日本政策金融公庫の2013年度新規開業実態調査(特別調査)によると、家事・育児の分担について、女性起業家は6割以上が主体となっているのに対し、男性起業家は1割程度にとどまっています。

(家事・育児の分担)(女性開業者)(男性開業者)
自身がすべて行う     34.0      7.0
自身がほとんど行う    26.1      3.4
家族と折半して行う    27.4      21.5
家族がほとんど行う     7.9      48.9
家族がすべて行う      2.4      16.0
その他           2.2      3.3

この調査の時点より3年ほど経過していますから、多少は改善されていることでしょうが、男女が等しく働く時代を目指している日本にしては、家事・育児は女性の役割という昔ながらの意識が、まだ根強く残っているように思います。

 

■子育て期の女性に多い、育児と仕事の両立を目指した起業

子育て期の女性が起業を選ぶ動機の一つが、育児との両立です。私の周囲の女性起業家からは、今まで次のような起業理由を聞いてきました。

・産後の転職先・再就職先がなく、自分で起業するしかなかった
・家事、育児と両立するため、自分で予定を調整できる起業を選んだ
・趣味や特技等を活かして、子育てしながら、自分らしくやりたいことを実現したいから

しかし、前述したように、家事・育児の分担が女性に偏りすぎると、時間的な余裕はなくなりますから、家事(主婦)・育児(母親)・起業(事業主)という3足のわらじを履きこなすには、実は、ものすごく高い能力が要求されるのです。

一人について与えられている時間は、等しく1日24時間です。起業して事業を継続させていくだけでも決して簡単なことではありません。特に、起業したての頃は、営業から業務、経理、雑用まで一人で対応する場合が多いでしょう。たとえ、プチ起業であっても、仕事である以上は責任がついてきますので、いい加減なことはできません。

 

■実際は、起業しながらの出産・育児に大きな不安を感じている女性起業家は多い

一方、出産・子育て期の女性起業家の方々とお話しをしていると、出産や育児と両立するために起業したけれど、次のような両立に対する悩みや不安のある方が多いように思い、矛盾を感じています。

・信用を失わないために、仕事ではこどもの存在を表に出さないようにしている
・出産によって、お客様との契約が切れるのが恐くて、妊娠を決意できない
・こどもを産み育てたいけれど、経営が安定してから考えたい
・産前産後の体が動かない期間をどう過ごせばいいのかわからない
・こどもの突然の体調不良に、いつも怯えている

事業に対して真剣であるほど、こどもが欲しいとは思っていても、なかなか出産の決意ができないまま過ぎてしまったり、仕事に対しては、こどもの存在をできるだけ表には出さないようにしたりしている女性が、いまだに少なくはないでしょう。また、母親は、できるだけこどもとの時間も大切にしたいと本心では思っているでしょうから、一緒にいる時間が短くなるほど、こどもに寂しい思いをさせていないかという心苦しさを抱え込んでしまうこともあるでしょう。

 

■女性の廃業率は男性の2倍もあった

厚生労働省の「平成18年働く女性の実情」によると、女性の廃業率は男性の2倍という結果がでています。女性起業家の廃業理由には、経験の差からくる「経営知識の不足」や「資金繰り」、「育児・介護との両立」などがあげられているのが特徴的です。女性起業家が事業を継続していくためには、この環境を備えていく必要があります。

経営知識のサポートについては、既に取り組んでいる公的機関、民間機関も増えてきました。資金繰りについては、助成金の活用や専門家に相談するという方法もあり、改善されていくことが予想されます。しかし、育児との両立については、時代の変化に合わせた制度構築が追いついていない状態です。これといって、自営業者には法律・制度による保護もありません。

ここ数か月の間だけも、「連絡した全ての保育園に入園を断られ、いっそ自分で保育園を運営しようと考えた」「赤ちゃんと一緒に働ける会社を経営することにした」など、女性起業家自身でどうにかするしかないという考えに行き着かれたというお話しを聞く機会が複数回ありました。私自身も、一人目の産後と二人目の産後では、特に働きやすくなるための環境の変化は感じず、保育園に入園できるまでは、周囲の身近な方々の協力を経ながら、自分でなんとかするしかありませんでした。あれから数年経ちますが、現在でも同じように思います。

 

■女性起業家の数を増やすよりも、最新のデータ分析と制度整備を優先に

こうした女性の負担を軽減するフォロー体制が整備されていないなかで、女性起業家の数を増やすことに重点をおくと、成功事例ができる一方で、それ以上に、精神的にも体力的にも疲れてしまい、起業した本来の目的を見失い、廃業せざる得ないところまで追い込まれてしまう人も増えてしまう可能性があります。そうならないためにも、まず先に、最新の女性起業家の廃業率と原因などを分析し、改善するための対策を考案して、女性が起業し続けられるための環境作りをすることが大切なことだと考えます。

せっかく、女性の労働力率(M字カーブ)は、緩やかに改善しつつあり、少しずつ柔軟な働き方の選択肢は増えてきています。しかし、女性が「産む」ことと「働く」ことを同時に求められ、多様な働き方が推進される中で、違和感を覚える制度や仕組みもあります。「働く女性の産前産後の所得補償」でも説明したように、女性従業員はみんな、産後8週間は働いてはいけないという法律による制限が定められているにも関わらず、その間の所得補償は、社会保険に加入している従業員にはあっても、そうではない短時間の従業員にはありません。さらに、自営業者には、そういった所得補償や、母体を保護する法律・制度すらありません。

自営業者にも、産前産後の物理的に体が動かない可能性のある期間くらいは、安心して体を休められる制度整備が必要だと考えます。自営業者の場合は、業種や環境によって必要とされるものが異なりますので、所得補償というよりは、ベビーシッターや家事代行サービスのクーポンと選択できるような仕組みがあれば、もう少し安心して、子どもを産み育てながら事業を継続しようと思うことができるでしょう。

家事代行サービスにおいては、認知度は徐々に上昇してきているものの、既存利用率は3%です。アンケートでは、「価格の高さ」「他人を家に入れることへの抵抗感」をあげる人が多く(経済産業省が設置した「家事支援サービス推進協議会」の平成27年1月の報告書による)、家事代行サービスが普及するためには公的な補助が必要になるでしょう。例えば、産前・産後に家事代行クーポン券を配布すれば、一度は利用されてみる人が増えると思われます。利用するまでの壁が緩和されると、その後も両立の手段として利用し続けるかどうか、体験したうえで選ぶことができます。

 

■家庭と仕事の両立に使うエネルギーを、事業や家族のために使える環境を

前述してきたように、現状では、女性起業家が収益を上げながら事業継続して、理想の両立を実現するにはハードルが高いと思われます。自営業は自由なだけに、長時間労働がいくらでもできてしまいますから、自己制御する能力も必要になります。こどもは成長するから一時の我慢、と思っていては何も変わりません。こどもが小さな時期こそ、こどもにとっても、母親にとってもかけがえのない時なのです。

国のために、「働く女性」と「こども」が大切ならば、両立のためにがんばらなくてもよい環境になることを切望します。エネルギーや時間を、「家庭と仕事との両立」に消費するのではなく、事業を発展させるためのチャレンジや、家族と向き合う時間を増やすなど、大切なものに使えるようになると、自然と女性起業も増えてくのではないでしょうか。

ここでは記載していませんが、もちろん、女性の起業には魅力的な部分もありますので、これから起業しようか迷われている方にも、「女性の起業」が幸せな生き方の選択肢の一つだと胸をはって提唱できる日の実現を願います。

漆原かなえ 特定社会保険労務士 かなえ社会保険労務士事務所代表

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